おもむろに研究 そこはかとなく描く

ドイツにて

Nikomat EL Nikkor 50mm F1.4 PRO 400
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以下の文章は本人が本人の為に書くものである。








以下の文章に於けるいかなる表現、文言につて他に対する批判・中傷の意は一切含まれない。
よって以下の文章に対する一切の議論を本人は望んでいない事を読者には分かっていて欲しい。

また、この文章を書く以前に、本人が本人のお世話になった全ての方に心から感謝している事を知っていて欲しい。





この期間が今の時期に与えられた事は、僕にとって凄く大切な事だった。
それは僕を取り巻く事情の変化に心情を振り回されてた時間から、すこし距離を置く事が出来たから。
時間が止まらないと言う事に感謝していた時、ただ流れる時間を癒しだと捉えた自分。
それらを過去だと思い知れると言う事は、僕が少し時間を進める事が出来たと言う事なのだろう。
この旅は逃避のためではなかったと意固地になって口先から言葉に出したい。
ただ、整理の時間が与えられた事を、心の底から心地良く思う。

それと、今の僕の心理構造の成長段階がこの時期にあって幸せだった。
世界と自分の足下との距離感を掴もうとしていた時期。この時が今であって良かった。
もう少し前だったら、もう少し後だったら、考えると際限がないが今の時期が僕の心を他に対して解き放ってくれた。
内側が求めるものに対して、心地よい雨が与えられた気がする。

だから僕は、今、凄く感謝の気持ちでいっぱいである。



僕はドイツに来て良かったと思ってる。
率直に言って、僕はドイツが好きになったし、ドイツ人が好きだ。
もちろんこの言葉には彼らの陰の部分も多いに含まれている。
人は影を内に併せ持って生きていくから、暗い部屋に入っても幻滅したりはしない。
在るべき場所に立ち、然るべき光を探すだけである。


ドイツに来て、最初の二週間。実は僕自信がアジア人であることが嫌だった。
それは容姿がヨーロッパ人と比べて著しく劣る事から来るものではなく、
それはもっと精神を苦しめていた事。
もっと僕の両足を重くしていた事。

「見下されている」と感じていた事だ。

当初、僕はこの感覚に自信を持っていた。
僕が日本人であると言う事は、自分の中に繊細な振り子を併せ持つ事と同義だと思っているから。
他に対して、繊細に、敏感に、空気を感じながら歩いて行ける。それが世界に於ける日本人の立ち位置。
でもその繊細な振り子の為に、傷つく事もまた事実。
そして、傷ついていた事は僕の中での紛れもない事実だった。

でも、僕がラッキーだったのは、
今回僕はもう少し奥に進めた事。
この次の段階へ行くのに充分な時間が与えられた事。
僕の感覚を大きく矯正できた事。
だから僕は今、感謝の気持ちと一緒に居る事が出来る。


「見下されている」という感覚。
これは僕が他に対して振り撒いていた感情と同じなんだと言う事。
全ては僕から発信して、僕に帰って来ていただけということ。
とっても簡単なサイクル。

実は、
僕の目が、周りの目を呼んでいた。
僕の目が、周りの誰しもを疑っていた。
僕は、誰も信用なんかしていなかった。

これに気が付けた僕は、すごくラッキーだったと思う。
だってこれは凄く大切な事だったから。
この日から、世界の色が変わったから。


母国を離れると言う事は、母国を外側から見れると言う事。
僕はこの事が楽しみだった。
僕の所在の在処を、自分の目で、耳で、肌で感じたかったから。
集める情報より、感じる情報。
自分の肌が感じる感情の温度、街の匂いと人の目の色。
僕はこれこそが大切だと思ってる。

沢山の目につく事、目につくもの、それらを僕の中の既存の何かで測り見る。
僕の中には、僕の尺が在るから、僕の尺しかないから、それで世界を測ってみる。
日本の九州の田舎で生まれ育った僕が、僕の網膜を通して世界を観る。
これはこよなく痛快な事で、僕の好奇心を最大限興奮させる事で、
でもその答えは、
計算が合わない事ばっかりだった。
合点のいかない事ばっかりだった。
僕の世界が狭かったからかな。
僕の価値観が「間違っていた」からかな。
僕が、まだ子供だからかな。

よく分からない問題の答えを早急に求める気はないけれど、
背中に多くの疑問符を担いで歩くのは、人生を豊かにすると信じてる。
それが人間の営みなんだと確信している。
別れと出会いと倫理と道徳と自由と権利の間で、
自分の存在を遥かに超えた流れを感じながら、
自分なんて凄く小さいんだと確認しながら生きていく。
開き直りでなく、受け入れる事。
僕の人生はそうで在って欲しいと願いながら生きていく。


「自由の国」と叫びつつ、「自由を勝ち取った国」と叫びつつ、「戦争から学んだ国」と叫びつつ、
街角に色濃く残る差別の風。
国民間の感情摩擦。
「ヨーロッパ」という言葉の裏には、ただただ、「人間」という言葉しか付いてこない。
世界のどこで飛行機を降りても、
人は人で、人間は人間から抜け出せないと言う事。
学ぶと言う事の儚さ。
歴史と言う名の仮面。
それらは、意外にも僕を安心させるものだった。

僕の国と、何も変わらないから。
どちらが上でもなく、下でもなく、
ただ、人間だ。
どこの街を歩いて、どの風に当たっても、結局はここに戻ってこよう。
ただ、僕らは人間なのだ。

誰でも知っている事。
でも知っていると言う事と、それを感じると言う事は大きく違う。
井の中で大海を夢想するのでなく、一度大海で溺れて水を飲む事。
僕は、今ただそれをしたい。
計り知れない想いの渦を感じて、意味も無く涙する事。
自分が人間なんだと意識しながら生きていく事。
僕は、今、ただシンプルにそれがしたい。


習慣の違いを超える事、
宗教の違いを超える事、
言語の違いを超える事、

これは簡単に「Identity」を超える事だと言い換えたい。

全てほぼ同じだと感じたから。
全ての壁は、僕次第だと感じたから。
その壁を高くするのか、低くするのか。
決めるのは僕なんだと強く感じたから。

正しい生き方なんてどこに在ると人の言う。
まして況や、その宗教をや、その信仰をや。

受け入れると言う事。
「争い」から議論を始めるのではなく、
「理解」から人の輪に入って行く事。
言葉にするのが簡単で、行動を伴うのが最も難しい事の代表例。
だって、
僕の中には僕の羅針盤が在るから。
新しい世界を迎え入れながら前に進んで行くことは難しいから。
時に痛みを伴いつつ価値感を変えて行くから、
そのことは、特に難しい。
時に大きな間違いとともに、大きな対立とともに、自分の中の時期を待ちながら進む。
不器用に、学んで行く。

青い目を見て真剣に世界情勢を英語で議論する。
相手が本気になって日本を否定する。
相手が心からとんちんかんな愛国心を僕の前に披露する。
もちろん髪はブロンド。奇麗な女性。
でも、中身はとんちんかん。
僕にとっては、とんちんかん。

決して僕の尺度で話を理解してはいけない。
僕のペースで会話は進行しない。
僕の思い描く終着点は、どこにも現れようとはしない。
話の深さと広さは、決して予期していたものと同じように進みはしない。

これは日本人的な会話の進め方なんだろうか。
「弱い会話」なんだろうか。
でも、僕はこうやって会話がしたい。

だって、
相手にも準備が必要だって思うから。
相手の心にも時期が在って、
僕の言葉が染みて行くのを待つ必要が在るから。

でも失望や落胆は持ち歩かない。
持つべきは強い辛抱。
温和と寛容。
弱さと空しさ。
決して強くない心。
これだけ。

だって全員ヒトだから。
ヒトって、難しいから。
そして、結局は、人の本質はみんな同じなんだと、今は信じているから。


この滞在はたった二ヶ月だったけれど、
僕にだって少しは自信をつけた分野が在る。
それを僕は進歩だと言おう。

僕は進歩したのだ。

それは、
人の輪に入って行く事。
僕の中に日本人を引き連れて、人の目の中に入って行く事。
Identityを持って会話する事。
自分の所在を人に伝えながら、自分と言う人間を表現する事。

「自分は自分」
こんな自分勝手な意思表示なんかじゃない。

俺は温和で、日本人だ。
俺はいつでも誰とでも何でも話がしたい。
俺は、いつでもその準備ができている。

今まで僕の中に在ったものを書き換えた事。
今まで僕の中に無かったものを新しく付け加えた事。
どちらも多い。
そして深い。
これが僕の進歩で、財産だ。
値打ちの付かない財産。
僕はこれが大好きだ。
だって僕は裸で産まれて来たから。
形の無い財産を内に蓄えて、
上辺を着飾る人の世の中で生きていこう。
財産無く、生きていこう。


僕は写真を撮る。

僕に写真が合って本当によかった。
非常に表面的なやり取りでは在っても、この存在はこの地にあって有効だった。
僕と人との間を繋いでくれた。
この地の価値観と相まって、「美」を好む人の心と重なって、
僕を生きやすくしてくれた。
僕と人の間の距離を縮める働きを大いに果たしてくれた。

僕に写真があった事。
僕の価値観で友達の人生の瞬間瞬間を切り取った事。
「いい思い出だ」って話し合える事。
幸せな時間が僕の中に残った。


僕はこの地を離れて行く。
先の事は分からないし、かといって誰にも補償して欲しくもないのだけれど、
僕はこの地にまた戻ってくる。

古い本をまた読み返すように。
読む自分に依って受け取る内容が変わるように、
また新しいものを求めに帰ってくる。
また、古い仲間に会いに帰ってくる。

幸い時間が進んで行くから、
僕のこの時間も終わり、
そしてまた新しい時間を連れて来てくれるのだろうと思う。
そして僕がまたこの風の匂いを感じながら、
この街を歩く時間が来る事を楽しみに待つ事にしよう。

これは始まりなんだと自分に言い聞かせながら、
重い荷物を担いで家路に付く事にしよう。
沢山の思い出話を大切な人達にしてあげたいな。
そこには僕の心からの笑顔が合って、
ほとんどが失敗談なんだけど、いつまでも思い出話をしよう。
ここに残して行く友達の為に。
待っていてくれていた友達の為に。
でもまずは、やっぱり自分の為に。


陽はまた昇り、風がまた吹く。
全ては空の空。
よし、今日も僕は生きている。



僕を育ててくれる全ての人と存在に感謝しつつ。


ドイツにて
おんわ

15, 03, 09
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by onwa-nukukazu | 2009-03-18 23:03 | other