おもむろに研究 そこはかとなく描く

筑波にて

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おもむろに研究 そこはかとなく描く


筑波にて





これが筑波からの最後の更新になります。
そして日本から最後の更新になります。
次の場所はお隣の国、韓国。
新しい化学、環境、哲学、価値観、生活を求めて次の目的地に歩き出します。

今春に博士号を取得し、無事に卒業します。
九州大学から大阪大学、そして筑波大学へと9年間で三大学を渡り歩きました。
高校生の時の僕に教えてあげたい。
僕の人生は極単純で劇的な出会いによって転じ続ける事を。
でもこれは偶然と言うより必然だった気がします。
僕はこれを求めていました。
僕らの人生は結局、下っ腹で思っている方向へ進む。
芯に何が座っているかによって外側の肉の鎧が決まりますね。
出会いと別れが身を切り刻みますが、やっぱり思いが歩みを決めている。


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僕は大学に入る時、高校の化学の先生になりたかったんです。
だから学部生の時は教職を取っていたので教員免許も持っています。
でもその目標は取り辞めにしました。
大学卒業時の22歳の僕は、じっと一つ所に座っていられなかったんです。
もっと広い世界と様々な価値観に触れていたかった。
それは国を問わず、場所を選ばず、与えられるもの以外にも手を伸ばす欲の深さでした。

そして運命は残酷ですから、そんな僕に師匠を与えてくれました。
僕に与えられていた才能は化学。
その化学は僕に真実の深淵を垣間見せてくれる切符をチラつかせていました。
その切符をぎゅっとしっかり掴んでいれば、足元が固まる気がしたんです。
不思議な事に、その切符は本当の出発の切符でした。
僕は時機に出発の決意をして、師匠は僕を狭い世界から連れ出してくれました。
どの言葉を使って感謝したらいいのか分かりませんが、とてもとても、感謝しています。


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多くの場所を訪れ、機会が与えられる時には一回もノーと言った事はありませんでした。
拡がり続ける人間関係と増え続ける友達が僕が何者かを証明しているようでした。
僕は多くを語り、多く笑い、長く人の中に在り続けようと努力しました。
僕の価値観が成長する今にあって、化学が側に在ってくれた事を幸いに思います。
この事について不思議に思う方もいらっしゃるかも知れない。
化学を知らない方とは僕が化学に対する持っているイメージが違いますから当然です。

僕は学問を志していたのではありません。
学を修め親を安心させたかったのでもありません。
唯一必要なものを支えるのに応えてくれたのが化学だった気がします。
人類の英知の最先端を見てみたいという傲慢な思いもありました。
それらは驚くほど人間の匂いのするものだと思いました。


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僕は九州人特有のゆっくりした気質を持ち合わせているので、先生からはよく怒られました。
九州にずっと居る人は分からないと思いますが、九州人はゆっくりと生きる種族です。
僕はその中で生まれ、育ち、僕を捜しましたからどうしても持ってるギア比が違うんですよね。
でももう甘えてはいられない。
僕は自分に猶予時間を与えていました。
それはDoctor of Philosophyをとる意義について僕の中に据えた思い。
(結局僕が取ったのはDoctor of Engineeringというオチがあるが)
僕はもう準備が出来たから、次は歩き出していい時機が来た事にワクワクしているんです。


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実際に歩いた道のりは長いものでした。
振り返れば一瞬で過ぎたように思われるのが「時」の性質ですが、僕にはどう考えても長い月日でした。
それらがこれからの僕を支えてくれると思うと心強くなるほどです。
中学校を卒業する時、担任の先生に最後に言われた言葉を今でも覚えています。
「温和、お前はどこにいっても、生きていける。」
少しずつ意味が分かってきたような気がします。
それはやはり僕を表すものたちが僕の影を見せてくれるから。

だから僕は、友達がすごく大切で仕方ない。


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僕は沢山写真を撮って、これからも撮り続けていこうと思ってます。
それらの多くは友達の写真になる事でしょう。
温和は女の子の写真ばっかり撮ってると思ってる友達も多いですが、ブログに男の写真を使ってどうする。。。
これらは一種のセラピーである事に気付いている方も多いかも知れません。
僕はそれを認識する事が大切な事だと思っています。
僕の中では、写真は秩序です。
それ以外の写真も多くありますが、僕にとって必要な写真は秩序と静寂です。
それらは化学を行う僕にとってとても必要な事で、写真を見つける事が出来た自分を誇りに思います。
しかも、写真は撮った本人から感謝までされてしまう得な趣味。
相手を喜ばせようと思って撮る事もあります。
この瞬間を残そうと思って撮る事もあります。
写真の持つ本来の用途を逸脱しない目的を持つ事もあります。
でもやっぱり最後は、友達の写真を撮って、
何十年後に一緒に笑いながら見る日を思い描きながらシャッターを切るんです。
そしてそこに芸術を規格化したかなり根拠のある線を織り込む。


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僕は中学校を卒業して以来、三年以上同じ場所に住んだ事はありません。
いつも場所を変え、人を変えて生きて来ました。
引っ越しもお手の物。
これは嘘。
いつだって期限付きの人間関係の中で僕が思わなければならなかったのは時間軸。
いつも人の間で生きていきたいと思っていましたから僕は無駄を愛していました。
益にならない人を切る事は決してありませんでした。
何も学べなさそうな人の話でもずっと聞きました。
意味のない飲み会にも行き続けました。
それらは断じて無駄な時間と労力とお金なんです。
でも僕はそれらに多くを投資して、身を賭しました。
それは自分で意味のある事を判断出来る人間であると言う人間になりたくなかったからです。
かと言ってドブの中に咲く花を探している気もしませんでした。
在り続ける理由を問うときに、在り続けるものを見ないわけにはいかなかったのです。


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僕に多くを与えてくれた人達にとても感謝しています。
物質的なものに幸せを感じれない僕でしたから、僕がいつも友に求めたのは普遍的な思いでした。
僕に共鳴して友達で居てくれた人達、
君らはとてもアホな種類の人間だと思うけれど僕はとても幸せです。
そして僕も君たちの大切なアホな友達であれるように努力しようと思う。
多分ここまで読むのに挫折した奴が多いと思うけど、ちゃんと伝わっている事を願おう。


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僕は価値観の崩壊を求めています。
その為には異なる環境が必要です。
だからそれらを自ら用意して、自分にハードルを用意するのです。
それはその先の風景を見たい思いが強いからです。
その思いを理解してくれる友が居る事に感謝しています。
決して頻繁に連絡してくる彼らではないが潮の変わり目を嗅ぎ分ける嗅覚を持っている彼らを頼りにしています。
ま、僕はすごく分かりやすい人間なのですぐに察しが付いているのかも知れませんが、
やがて来る青天の霹靂に対して僕の備えておくべきものが彼らなのです。
今の自分の中にあるエネルギーを大切にして、
心の皮を極力薄くして生きていく僕をちゃんと笑って見ていて欲しいと思います。


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いつもの事ながら、僕は結論を書く事をしません。
それは結論がまだないからです。
先生からよく指導されました。
Summary(まとめ)とConclusion(結論)は違う。
もし僕が結論を出すほど愚かな生き方を選ぶのであれば仕方がありませんが、
出来る事ならこれからも漂い続ける思いをここに綴っていこうと思っています。
それが化学が支えてくれた僕の思い。
本質は絶えず揺らいでいるのだから僕らは漂っていてもいい。


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ねぇ、僕よ。
今僕はこんな事を考えているよ。
矩を踰えない生き方なんてまだ夢想していないよ。
綴れる言葉に限りがあるから大切な文字をいくらか削ってはいるけど、やっぱりまだまだぐちゃぐちゃだな。
点を散りばめながら生きる美学に疲れたときはズルをして試しに少し線を繫いでみようかな。
それとも月夜が星を見えなくさせているだろうか。

さぁ、プロローグが終わって第一章が始まります。
何て前の見えない暗闇なんだ。
何て素晴らしい風景なんだ。
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by onwa-nukukazu | 2011-04-04 00:42 | other