おもむろに研究 そこはかとなく描く

you

α-700 50mm F1.4
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 そこは僕も通った気がします。そこには居心地の悪くなる風が吹いていて、気分が悪くなったのを覚えています。それは先を見通せない自分に対する苛立ちでもありました。自分の大きさを測れないイジらしい思いでもありました。でもその時の僕には元気があって、全てを吹き飛ばしながら駆け抜けた気がします。信じるという作業しか、僕には残されていなかったんです。僕は優しさというものを分かっていなかったし、感謝という言葉も知らずにいました。僕は僕を過剰に信じて、自らに与えられたものを見極める作業に必至でした。今になるとそれらの過程は必要だったと思う事が出来ますが、何れにしても、僕は酷く自分の判断に自身を持っていたのです。
 思い返して、そしてそれらがこれからも続いていく事に対して、少なからずこう考える事があります。皮を厚くしながら生きていけば、熱いものでも握れるようになります、と。それは醜い事でしょうか。それは、忌むべき醜態でしょうか。暖かく柔らかい手って、実はそういうことを言うのではないかと思い始めているのです。人を傷付けない手ではなくて、人を傷つける痛みを知った手の事を言うのではないかと思うのです。
 痛みを伴う歩みを恐れてはいけないと思うのです。そしてそれで閉じこもって天秤の片方に乗っかるのは、僕をとても白けた思いにさせます。怖さとは漠然とした大きさの暗闇に対する所在の不確定さでしょう。足下の不確かさでしょう。支えのない寂しさでしょう。止まってくれる事のない時の流れでしょう。

そこの生ぬるい風の匂いはとても良く覚えています。
だから僕は今、あなたとお話ししているのです。
あなたが呆れるくらい当たり前の言葉を並べながら、お話ししているのです。
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by onwa-nukukazu | 2010-06-10 23:33 | friend